2007.04.07

日劇のすぐ近くにあった
金欠のマイクがアルバイトに行ったストリップ劇場
黄金劇場
入ろうかなと思ったけど
それはさすがにね
真っ昼間っから危ないよなぁ
一見さびれただけのようなその劇場からは
まだまだ現役で活躍する色の匂いがした
2007.04.07
2007.04.07
2007.04.07
2007.04.07

マイクたちのたまり場である
セクシーなサヨコママの経営する喫茶マツモト
名物は世界一おいしいカフェオレ

商店街の細い道にあるすごく小さな喫茶店
どきどきしながら喫茶店にはいると
中も本当に小さな喫茶店だった
Vネックのセクシーなママではなく
ものっすごい良い人そうなおじさんマスターに
濃くておいしいコーヒーを入れてもらった
バターを入れたみたいだった

阿部サダヲ扮する誠とママの歌謡ショーがここで繰り広げられてたんだと思うと
笑ってしまう
足が疲れていたからすごく和ませてもらった
甲子園の話を常連さんとする下町の喫茶店
ここにあった

2007.04.07

「そこにな磯村屋っていう焼きそば屋があんねん。行ってみ」
第2話「歌姫」で
UA演じるナオミから行ってみるようにとマイクが告げられた焼きそば屋
「磯村屋」
下町の駄菓子屋のような何とも言えない雰囲気だった
閉まってたのがちょっと残念だったけど
今度はじゃがいもの入った不思議な焼きそばを食べてみたい
「トリはトリでも飛べないトリはな〜んだ」
2007.04.06
2007.04.06
2007.04.06

清水ヶ丘公園を後にして
その付近をうろついて第5話でマイクが
hitomi演じる「バキューン女」と遭遇した
大原隧道を探すことにした
実は清水ヶ丘公園の下にあって
老人ホーム横の階段を下れば着いた場所だったのに
結構反対の方まで歩いて発見した(感動)
自転車と歩行者のみが通れる200m近くあるトンネルで
ものすごく雰囲気があった
確かに古めかしいのにどこか未来っぽくて
そのミクスチャーな感じがすごく良かった
バキューン女には遭遇出来なかったけど
ひたすららんらんとした気持ちでトンネルを抜けた
面白かった・・・
「バキューン」

2007.04.06

私立探偵濱マイクロケ地巡り
最初に訪れたのは南太田駅付近にある
清水ケ丘公園
第5話「花」で女の子が木の下で寝ていたシーンで使われた丘の上の木を観る為に
公園自体が坂の上にある公園で
木のある丘まで行くと南太田、黄金町周辺(多分)が一望出来る
遠くには海も見えた
この木は使われ方がすごく印象的だった
1本だけ凛と立っている姿はなんだかとてもやさしかった
わたしにとってこの木はとても大事なものになった
聞いたときは心底驚いてしまった
風景が、確かに繋いでくれた
2007.04.05

一人旅をしてきた
夜行バスで横浜へ行った
かなりマニアックな旅なのだけれど
黄金町「私立探偵濱マイクロケ地巡り」の旅を決行
「私立探偵濱マイク」というドラマが大好きです
中学の時に観て衝撃を受けた作品だった
(当時smap×smapの裏番だったこともあり周りは誰も観ていなかったが・・)
多分ものすごく影響を受けたもののひとつで
その舞台となったのが横浜黄金町
この黄金町は憧れでいつか必ず訪れたかった場所だった
マイクが動き呼吸していた舞台
8ミリの雰囲気が今でも鮮明に残っている
春休み入る前にその舞台の中心となった横浜日劇が
4月で取り壊されること偶然目にした
これは今行かなければ絶対に後悔する!!と思い
急遽 地図とバスのチケットとカメラを持って一人旅に出ました
地図を片手に右往左往しつつ
ついに憧れの土地に行くことができました
2007.04.05

旅と写真が好きだ
その好きの重さが同じ重さなのが面白い
旅も写真も正解も答えもない
(まあ他のものにも正解も答えもあるとは思えないないのだけれど)
行き方も行く場所も
撮り方も撮る場所も
人によるものだけれど拘束される枠が無い
人によっては極める人もいるし
自由に感じるままに動く人もいる
絵ほど自分の内奥を出すものでもないからそれほど硬すぎるものじゃない
いいと思う瞬間に手を伸ばし触れるだけだ
やり方は色々あるけど自由なものだ
わたしにとって写真と旅の二つはすごくとらわれ方が似ている
いつからだろう
その二つは特別に自由な感じで存在する
旅に出たいという欲求は
ほかのどんな欲求の位置よりも汚れていなくて
純粋なものな気がする
憧れという単語の音に近い
わたしは自分がどんな人間で
何がしたくてどう生きていったらいいのかわからない人間だ
でも旅への憧れは自分のことがわからなくてもそこに存在する
旅に出ることと旅人は違う気がする
どちらも猫のようだけれど
帰る場所があって旅をするのと
帰る場所がなくて旅をするのでは重さが全然違う
飼い猫と野良猫のような重さの違い
わたしのなかで旅人には帰る場所がないものだ
猫のようにふらっと出て
その街でふらっとして
気に入ればそこにずっといたり
時々誰かのものになったり
名前をなくしたり
またどこかへふらっと出て行ったり
酷く自由で孤独だ
そのままふらっと消えてしまうような気がする
死ぬ場所を告げない
遠い地で息を引き取る猫のように
旅に出たらその場所で死んでも全然かまわない
不思議な自由さがある
むしろ本望だ
旅は楽しいとリスクがつきものだ
自由ってきっとそういうものなのだと盲信している
どこへでも行けるのだ
帰ってこれないとしても
わたしは旅人にはまだなれない
強靭な精神と資金と心の太さがわたしにはまだない
所詮、帰る場所のある飼い猫の旅をしているにすぎない
それでも
旅は自由で新鮮で
新しい景色や出会いはいつも心を躍らせる
わたしは手を伸ばして触れたがる
そういう場所がいくつもある
これからもそういう場所に出会いたい
そしていつかすべてを捨てて
音楽だけを連れて猫みたいな旅人になりたい
それが酷く孤独なものだとしても
自分の為に旅の記録をつけて行こうと思いはじめた
飼い猫なわたしの旅の記録
気ままにつけていこうと思っている
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